棚卸をする3つの主要な意味・目的
棚卸には、単なる在庫数の確認以上の重要な意味があります。ここでは、棚卸を実施する3つの主要な意味・目的を解説します。
- 正確な利益計算と決算対応のため
- 帳簿と実在庫の差異をチェックするため
- 適正在庫の把握と販売機会損失を防止するため
正確な利益計算と決算対応のため
棚卸の最も基本的な目的は、正確な利益計算と決算対応にあります。企業の利益は「売上高-売上原価」で算出されますが、この売上原価を正しく計算するためには、期首と期末の在庫金額を把握する必要があるためです。
売上原価は「期首在庫+当期仕入高-期末在庫」という計算式で求められるため、棚卸で期末在庫を正確に把握しなければ、利益額そのものが信頼性を欠くことになります。 決算書類の正確性は、株主や金融機関、取引先からの信用に直結する重要な要素であるため、信頼性を欠くようなデータを提出するわけにはいきません。
加えて、税務申告においても棚卸資産の金額は課税所得に影響を与えるため、適正な申告をおこなううえでも重要です。このように棚卸は財務報告と税務対応の両面で、企業の信頼性を支える基盤となっています。
帳簿と実在庫の差異をチェックするため
日常の入出庫処理では、入力ミスや処理漏れ、紛失、破損などにより、帳簿上の在庫数と実際の在庫数に差異が生じることがあります。棚卸を実施することで、こうした差異を発見し、原因を特定して改善につなげることが可能です。
差異が放置されると、発注判断の誤りや欠品、過剰在庫といった問題を引き起こします。 そこで定期的な棚卸によって差異を早期に発見することで、在庫管理の精度を維持できます。
また、差異の傾向を分析することで、どの工程や商品カテゴリで問題が発生しやすいかを把握できるため、業務改善のヒントにもなるでしょう。
適正在庫の把握と販売機会損失を防止するため
棚卸を通じて実際の在庫状況を把握することで、適正な在庫水準を維持しやすくなります。過剰在庫は保管コストの増加や商品の劣化リスクを招く一方、在庫不足は販売機会の損失につながるためです。
特に消費期限や賞味期限のある商品を扱う業種では、棚卸によって在庫の鮮度管理をおこなうことが、廃棄ロスの削減に直結します。つまり、棚卸自体が在庫の回転率を高め、キャッシュフローの改善にも貢献する取り組みになっているということです。
また、棚卸データを分析することで、売れ筋商品と滞留在庫を明確に区別でき、仕入計画や販促施策の精度向上にも活用できます。
棚卸が必要とされる理由
棚卸は、法的義務の遵守から経営判断の精度向上、不正防止まで、多角的な観点から必要とされています。単なる作業としてではなく、企業運営の基盤を支える重要な業務として位置づけることが求められます。ここでは、棚卸が必要とされる3つの理由を解説します。
- 法的義務としての棚卸
- 経営判断に必要な正確なデータの取得
- 不正防止と内部統制の強化
法的義務としての棚卸
棚卸は、法人税法や所得税法において義務付けられている業務です。決算期末における棚卸資産の評価額は、課税所得の計算に直接影響するため、正確な棚卸の実施が求められます。
法人税法施行規則では、棚卸資産の種類、品質、型ごとに数量と価額を記載した棚卸表を作成し、保存することが定められています。 この棚卸表は、税務調査の際に確認される重要な書類です。
適正な棚卸をおこなわずに決算を確定させた場合、税務上の問題が生じるリスクがあるため、法令遵守の観点からも棚卸は欠かせない業務です。
経営判断に必要な正確なデータの取得
経営判断の質は、基礎となるデータの正確性に依存します。棚卸によって得られる正確な在庫情報は、仕入計画、販売戦略、資金繰りなど、さまざまな意思決定の基盤となるものです。
たとえば、在庫回転率や在庫金額の推移を把握することで、過剰在庫の早期発見や発注タイミングの最適化が可能になります。 こうしたデータに基づく判断は、勘や経験だけに頼る判断よりも精度が高まります。
また、商品別・カテゴリ別の在庫分析により、販売力の高い商品の把握や死に筋商品の特定ができるため、経営資源の最適配分にも役立ちます。
不正防止と内部統制の強化
棚卸は、在庫の横領や窃盗といった不正行為を防止・発見するための有効な手段でもあります。定期的に実地棚卸を実施することで、帳簿と実在庫の照合がおこなわれ、不正の抑止効果を発揮します。
内部統制の観点からは、棚卸作業に複数の担当者を関与させ、ダブルチェック体制を構築することが推奨されます。 上場企業や一定規模以上の企業では、内部統制報告制度への対応としても棚卸体制の整備が必要です。
不正の発生は企業の信用失墜や財務的損失につながるため、棚卸を通じた牽制機能の構築は経営リスク管理の一環として重要です。
棚卸の対象となる棚卸資産の種類
棚卸の対象となる資産は、業種や事業形態によって異なります。棚卸資産とは、販売目的で保有する資産や、製造過程にある資産を指します。以下に、主な棚卸資産の種類を整理します。
| 棚卸資産の種類 | 内容 | 具体例 |
| 商品 | 販売目的で仕入れた物品 | 小売店の在庫商品、卸売業の仕入商品 |
| 製品 | 製造して販売する物品 | 完成した製品、出荷待ちの製品 |
| 半製品 | 製造途中だが販売可能な物品 | 一部の工程が完了した製品 |
| 原材料 | 製造に使用する材料 | 部品、素材、包装資材 |
| 仕掛品 | 製造中で未完成の物品 | 製造ライン上の製品 |
棚卸の実施時期と頻度
棚卸の実施時期と頻度は、業種や企業規模、取り扱う商品の特性によって異なります。法定で義務づけられている決算期の棚卸に加え、より高頻度で実施することで在庫管理の精度を高める企業も増えています。以下に、代表的な実施時期と頻度を整理します。
| 実施時期 | 頻度 | 特徴・適した業種 |
| 決算期の棚卸 | 年1回(必須) | 法的義務、全業種で必須 |
| 月次棚卸 | 月1回 | 小売業・飲食業など在庫変動が大きい業種 |
| 巡回棚卸 | 計画的に分割実施 | アイテム数が多い製造業・物流業 |
決算期の棚卸は、法人税法上の義務として全企業が実施する必要があり、決算月末日時点の在庫を正確に把握し、棚卸表を作成して保存することが求められます。
月次棚卸は、小売業や飲食業など在庫の入出庫頻度が高い業種で採用されることが多く、帳簿と実在庫の差異を早期に発見できる利点があります。
巡回棚卸は、取り扱いアイテム数が多い企業において、カテゴリやエリアごとに分割して計画的に実施する方法です。業務への影響を最小限に抑えながら、継続的に在庫精度を維持できます。
棚卸で起こりやすいトラブルとその解決策
棚卸作業は多くの企業にとって負担の大きい業務であり、さまざまなトラブルが発生しやすいものです。トラブルを未然に防ぎ、効率的に棚卸を実施するためには、よくある課題とその対策を理解しておくことが重要です。ここでは、棚卸で起こりやすい3つのトラブルと解決策を解説します。
- 作業時間や人的コストが大きい
- ヒューマンエラーが起こりやすい
- 帳簿と実在庫の差が大きくなってしまう
作業時間や人的コストが大きい
棚卸作業には、多くの人員と時間が必要となります。特に取り扱いアイテム数が多い企業では、棚卸のために業務を停止したり、休日出勤を求めたりするケースも珍しくありません。
この課題への対策として、バーコードやRFIDを活用したデジタル化、巡回棚卸の導入による作業の分散化、WMS(倉庫管理システム)との連携による効率化などが挙げられます。 また、作業手順の標準化やマニュアル整備により、作業者ごとのスキル差によるばらつきを減らすことも効果的です。
初期投資は必要となりますが、長期的には人件費の削減と作業精度の向上により、投資対効果を得られるケースが多くなっています。
ヒューマンエラーが起こりやすい
手作業による棚卸では、カウントミスや記入ミス、同じ場所を二重にカウントするといったヒューマンエラーが発生しやすくなります。こうしたエラーは、在庫データの信頼性を低下させ、経営判断に悪影響を及ぼす可能性があります。
エラー防止のためには、ダブルチェック体制の構築が有効です。 一人がカウントし、別の担当者が確認・記録する方法により、ミスの発見率を高められます。また、バーコードスキャナーやハンディターミナルの導入により、手入力の機会を減らす対策も効果的です。
事前に棚卸対象エリアを明確に区分し、作業済み・未作業の表示をおこなうことで、二重カウントや作業漏れを防止できます。
帳簿と実在庫の差が大きくなってしまう
棚卸を実施した結果、帳簿上の在庫数と実際の在庫数に大きな差異が発生することがありますが、この差異が大きいほど、在庫管理の精度に問題があるということです。
差異が生じる主な原因には、入出庫処理の遅延や漏れ、返品・不良品処理の不備、盗難や紛失などがあります。これらの原因別に対策を講じることで、差異の発生を抑制できます。
日常的な在庫管理の精度を高めることが根本的な解決策です。入出庫処理のリアルタイム化、定期的な抜き取り検査の実施、在庫差異発生時の原因分析と報告フローの整備などが効果的です。
棚卸を効率的に実施するコツ
棚卸作業の効率化は、多くの企業にとって重要な課題です。作業時間の短縮と精度の向上を両立させるためには、事前準備からツールの活用、体制づくりまで、総合的な取り組みが求められます。ここでは、棚卸を効率的に実施するための4つのコツを紹介します。
- 事前準備を徹底する
- WMSなどのツールを活用する
- 人員配置や役割分担などを事前に決めておく
- 日常的に在庫管理をおこなうフローを作る
事前準備を徹底する
棚卸の効率と精度は、事前準備の質に大きく左右されます。棚卸実施日までに、倉庫内の整理整頓、棚卸対象商品の明確化、必要な帳票類の準備などを完了させておくことが重要です。
具体的には、保管場所の整理と商品の見やすい配置、棚卸対象エリアの区分け、作業手順書の作成と配布などを事前におこないます。 また、棚卸直前の入出庫処理を完了させ、帳簿データを最新の状態に更新しておくことも欠かせません。
準備が不十分なまま棚卸を開始すると、作業中の混乱やエラーの増加につながり、結果的に作業時間が長引く原因となります。
WMSなどのツールを活用する
WMS(倉庫管理システム)やハンディターミナル、バーコードスキャナーなどのツールを活用することで、棚卸作業の効率と精度を大幅に向上させられます。手入力に比べてエラーが少なく、データの集計や分析も自動化できるためです。
WMSを導入すれば、在庫情報のリアルタイム管理、ロケーション別の在庫把握、棚卸データの自動集計などが可能になります。 また、過去の棚卸データとの比較分析により、差異の傾向把握や改善施策の立案にも活用できます。
導入コストはかかりますが、人件費の削減や在庫精度の向上による効果を考慮すると、中長期的には投資対効果を得られるケースが多くなっています。
人員配置や役割分担などを事前に決めておく
効率的な棚卸のためには、誰がどのエリアを担当し、どのような役割を果たすのかを事前に明確化しておくことが重要です。役割が曖昧なまま作業を開始すると、重複作業や作業漏れが発生しやすくなります。
カウント担当、記録担当、確認担当などの役割分担を明確にし、それぞれの責任範囲を周知しておくと効果的です。 経験者と未経験者をペアにすることで、作業品質を維持しながら人材育成もおこなえます。
また、棚卸責任者を置き、全体の進捗管理や問題発生時の判断をおこなう体制を構築することで、スムーズな作業進行が可能になります。
日常的に在庫管理をおこなうフローを作る
棚卸作業の負担を軽減するためには、日常的な在庫管理の精度を高めることが根本的な解決策となります。入出庫処理を正確かつタイムリーにおこない、帳簿と実在庫の差異を最小限に抑えることで、棚卸時の作業量を削減できます。
入出庫時の即時データ入力、定期的な抜き取り検査の実施、差異発生時の原因究明と報告フローの整備などを日常業務に組み込むことが効果的です。 こうした取り組みにより、決算期の棚卸作業がスムーズに進むようになります。
在庫管理を特定の担当者だけに任せるのではなく、組織全体で精度向上に取り組む意識づくりも重要なポイントとなります。
まとめ
棚卸は、正確な利益計算と決算対応、帳簿と実在庫の差異チェック、適正在庫の維持という3つの主要な目的を持つ重要な業務です。法的義務としての側面に加え、経営判断に必要なデータ取得や不正防止の観点からも、その実施は欠かせません。
棚卸作業では、作業時間やコストの問題、ヒューマンエラー、在庫差異の拡大といったトラブルが発生しやすくなります。これらの課題に対しては、事前準備の徹底、WMSなどのツール活用、人員配置と役割分担の明確化、日常的な在庫管理フローの構築によって対処することが可能です。
自社の業種や規模、取り扱う商品の特性に合わせた棚卸の方法と頻度を検討し、継続的な改善に取り組むことで、在庫管理の精度向上と業務効率化を実現していきましょう。

















